結局は量

結局は量だと思う。昨日、たまたま三段論法を教えていたんだけど、自分の感覚でスラスラ書けるようになっていた。何のたかが三段論法と思うなかれや。
僕にとっては、とても大切な成長の実感。
だって、三段論法を書けなかったんだから。
書けなすぎて、ズレすぎてて、そもそもペルソナ設定すら出来ないのか絶望した日もあった。絶望することに、大きい小さいはない。その人のレベルによって、それは決まることだから。

僕は人には出来ないことがないと思ってる。
誰でも量をこなせば全て出来るようになると思っている。車だって、家だって、その気になれば作れる。

ただ、人によって得意、不得意でかける時間の差が生まれるだけ。
よく同期と比べてや、同年代と比べて遅れているという人がいるけど、その比べている彼らにないものを、その人は持ってるはず。
だから何かを比べたりして、それが劣っている劣っていないということに感情を振り回れないでほしい。

量をこなしている人は見ていればわかる。どれだけやったかは分からないけど、取り組み方は感じる。だから逆にサボってる人間もなんとなくわかる。そして、沢山量をこなしているのに上手くいかないことに意固地にならず、いつでも素直に現実を受けて止めてやっている人も、これまたよくわかる。
そういう人に、人は何か出来るんじゃないかなって思うし、僕はそういう人のサポートがしたい。

今の自分に胡座をかいて、量もこなさず、素直さもない人は僕にとってどうしようもない。量をやってるけど、意固地になる人は勿体ない。
まぁ、量こなしていると自分の頑固さで苦労するからはじめて変われて、それによって意固地じゃなくなる人もいるんだけどね。

要領いい人は落ち入りやすい。
量より質だという人はいるけど、質は量の先にしかない。

なので、量をこなして素直な人と沢山仕事して、そんなメンバーから刺激をもらって仕事をするために今日もフルアウトします。
18:26

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